胎内被爆者の集い、本川小学校訪問

午後2時から胎内被爆者の集いで、広島本川小学校集合する事となり、初めて訪ねて行く学校だから、平和公園内ですれ違った警察官に位置を尋ねると、「自分達は地元の者ではないので地図を見て探します」ふっと警察官の胸元に熊本県警のワッペンが貼られて居たのに気付き、何でまた熊本県地震の被害で大変なのに、オバマ大統領来広の為に広島平和公園の警備にかりだされて、どうなっているのか不思議でした。原爆投下時爆心地から350メートルに有ったこの小学校の旧校舎での当時の生々しい遺品や話を聞いて、新たに原爆投下のつめ跡に心が重たくなりました。大きな頭蓋骨1つとその周りの小さな頭蓋骨十数個残っていた光景の話には、涙が出ました。当時の課外授業だったようです。今尚残って居る爆心地に近い墓石は推定3000度の閃光に花崗岩の一部石英が破壊して、当時は艶の有った表面がざらざらとして、茶色に変色して、閃光に当たらなかった影の一部分は茶色でも少しさらさらと手触りが良いのを見ながら、70年前の惨状がつい昨日の様に目の前に映ります。人類が科学(物理)の犠牲になり、滅亡していく将来は絶対にあってはならない。一灯萬灯の精神を持って広げたい!!
小西ひさ子様案内で本川小学校内説明後、遼清住寺のツグミとサクラ被爆樹木と墓石 ―空鞘 稲生神社被爆遺跡、堺町道標 ―空鞘橋馬碑爆心地に一番近い被樹・ヤナギ(青少年センター本川側)・ヤナギ(ハノーバ公園ヤナギ…遠くから眺める)―旧護国神社被爆鳥居台座青少年センター北側、原爆ドームのころで山田様同級生の山口さんから 西連寺 の地蔵と墓石、 西向寺説明を受け16 時 国際会議場で意見交換する。